倉庫会社で港湾作業に従事していた方が中皮腫で死亡し、安全配慮義務違反に基づく使用者企業の責任が認められた事案(賠償額約3600万円)
【事案の概要】
被害者Xさんは、1951年から1977年までの約27年間、三井倉庫(株)神戸支店に勤務しました。業務内容は、神戸港小野浜倉庫の内外で、石綿鉱石を含む貨物を、トラクター(無蓋のフォークリフト)で運搬する作業が中心でした。1977年に定年退職した後は、書店を営んでいましたが、退職から20年後の1997年2月頃に中皮腫を発症し、発症から2年後の1999年6月、77歳で亡くなりました。
クボタショック後、Xさんの中皮腫が港湾での石綿ばく露によることを確信した妻Yさんと息子Zさんは、2007年2月5日、三井倉庫(株)に対する損害賠償請求訴訟を神戸地方裁判所に提訴しました。三井倉庫(株)は、アスベストの取扱いは少量であった、屋外だから希釈される、倉庫業の公益性からやむを得ないなどと主張しました。
【判決の内容】
2009年11月20日、神戸地方裁判所は、三井倉庫(株)側の主張を退け、被害者がアスベストの積み込み時、移動時、倉庫内など様々な場面でばく露したと認定して、原告勝訴の判決を言い渡しました。裁判官は「もう終わりにしよう。もう殺してくれ。」と言い残して亡くなったXさんの苦しみ、無念を受け止め、比較的高額の慰謝料を認めました。
2011年2月25日の大阪高裁判決もほぼ同様の判断を示し、2013年11月21日の最高裁決定により、三井倉庫(株)に慰謝料約2900万円を含む約3600万円の支払を命じる判決が確定しました。
【判決の意義】
本判決は、2005年6月のいわゆるクボタショック後、使用者企業の安全配慮義務違反について最高裁まで争われた初めての事案です。本事件の意義と評価は以下のとおりです。
① 港湾荷役における石綿ばく露作業について
神戸地裁判決も大阪高裁判決も、トラクターへの積み込み時、運搬時及び倉庫内でのばく露などの被害者の石綿ばく露作業を、具体的にかつ広く認定しました。港湾荷役は細分化されていますが、本件の判決によれば、ほとんどの港湾荷役について石綿ばく露が認められ得ると考えます。
② 予見可能性について
両判決は、予見可能性の時期をじん肺法が成立した1960年に認めました。
また、大阪高裁判決は、本件作業は、文理解釈上、じん肺法施行規則の「粉じん作業」には含まれないとしつつ、じん肺法の趣旨からすれば、同法施行規則の粉じん作業に「匹敵する」作業についても、十分な予見可能性があったとしました。大阪高裁判決は、じん肺法を「重大な警告」であったと指摘しており、予見可能性におけるじん肺法の位置づけを広げたと言えます。
さらに、予見可能性に基づく危険予見義務は、事業者の事業規模の大小や事業内容によって異ならないと判断した点も重要です。この点は、他の事件においても重要な判示となるでしょう。
加えて、予見可能性を検討するにあたって考慮すべき事情は民間企業と国の場合とで異なり、国賠責任が生じる場合であっても、民間企業の予見可能性を国よりも軽減させるべき理由はないとした点も重要な指摘です。
③ 倉庫会社の責任について
三井倉庫(株)は、倉庫業の公益性から、安全配慮義務と責任対応には限界があると主張しましたが、判決はこれを明確に否定しました。
また、第1次的責任は国、第2次的責任は荷主・荷送人で、倉庫会社の責任は第3次的であるという順位付けも否定し、三井倉庫(株)には、使用者企業として被害者に対する第1次的・直接的な責任があるとしました。
さらに、三井倉庫(株)は、日本有数の総合物流業者であるとして、労働者の安全を配慮する社会的責務がより大きいことも指摘しました。
【掲載誌】
○神戸地裁判決
判例タイムズ1324号145頁
判例時報2087号110頁
労働判例997号27頁
○大阪高裁判決
判例時報2119号57頁
法律時報84巻10号122頁
【事案の経過】
2006(平成18)年8月5日 初回相談 その後、三井倉庫㈱の代理人と示談交渉
2007(平成19)年2月5日 神戸地裁に提訴
<神戸地裁>
2007(平成19)年4月25日 第1回期日
2009(平成21)年2月6日 原告側証人尋問2名
2009(平成21)年3月6日 被告側証人尋問2名
2009(平成21)年3月13日 原告本人尋問
2009(平成21)年5月15日 原告側証人尋問1名
2009(平成21)年8月7日 結審
2009(平成21)年11月20日 判決(神戸地裁第1民事部・栂村明剛裁判長)
※三井倉庫㈱は即日控訴、原告も控訴
<大阪高裁>
2010(平成22)年3月4日 第1回期日
2010(平成22)年11月10日 結審
2011(平成23)年2月25日 判決(大阪高裁第7民事部・永井ユタカ裁判長)
※三井倉庫㈱は即日上告受理申立
<最高裁>
2013(平成25)年11月21日 上告不受理決定(最高裁第1小法廷・裁判官全員一致)
【本件のポイント】
・倉庫会社に勤務し港湾荷役に従事していた方について、使用者企業の責任が認められた全国初の事案です。
・最高裁決定でアスベスト被害に関する使用者企業の安全配慮義務違反が認められました。
・他のアスベスト訴訟にも大きな影響を与えた重要な判決です。
(執筆担当:弁護士 伊藤明子)