労働弁護団賞 首都圏建設アスベスト訴訟弁護団 森孝博弁護士 受賞スピーチ全文
2021.11.131 この度は日本労働弁護団賞をいただき、ありがとうございます。
私が全国の弁護団を代表して、というのはおこがましいのですが、建設アスベスト訴訟に取り組んできた一弁護団員として、ご挨拶させていただきます。
2 建設アスベスト訴訟は、アスベスト疾患に罹患した建築作業従事者とその遺族が、国と建材メーカーを被告として提訴した集団訴訟で、2008年5月の東京地裁提訴に始まり、神奈川、北海道、京都、大阪、九州と全国に展開していきました。
国に対しては規制権限の不行使による国家賠償責任、建材メーカーに対しては不法行為に基づく損害賠償責任を追及しており、争点は多岐にわたりますが、とりわけ、①一人親方や零細事業主といった、労働基準法や労働安全衛生法(安衛法)が定義する「労働者」に該当しない建築作業従事者との関係でも、国の労働関係法令に基づく規制権限不行使の違法が認められるか、②建材メーカーらに民法719条の共同不法行為責任が認められるかが、全国各地の裁判所で激しく争われてきました。
今年5月17日の最高裁判決で、ようやくこの2大争点で勝利決着をみることができたのですが、提訴から最高裁勝利判決までの13年に及ぶ道のりはまさに山あり谷ありでした。労働弁護団の総会ですので、労働関係法令に基づく国の規制権限不行使の観点から、少し振り返ってみたいと思います。
3 2008年5月の提訴から4年となる2012年5月、全国の建設アスベスト訴訟で初となる判決が横浜地裁で言い渡されました。しかし、結果は全面敗訴でした。次負けたら後がないかも・・・、そのような緊張と不安の中で半年後の2012年12月に東京地裁判決を迎えました。この東京地裁判決で、なんとか労働関係法令に基づく国の規制権限不行使の違法が認められたのですが、その対象は「労働者」に限られ、原告の約半数を占める一人親方や零細事業主(以下「一人親方等」といいます。)は保護の対象外という理由で切り捨てられてしまいました。
その後5年間に、福岡地裁、大阪地裁、京都地裁、札幌地裁、横浜地裁、さらに東京高裁第5民事部で判決が言い渡されましたが、いずれの判決でも一人親方等に対する国の責任は認められず、連戦連敗という厳しい状況が続きました。
その背景には、国賠訴訟における「職務行為基準説」や「反射的利益論」、一人親方大工の労働者性を否定した藤沢労基署事件最高裁判決などがあり、それらが高い壁として立ちはだかっていました。
4 もっとも、提訴から10年になろうとする2018年3月14日、大きな転機を迎えることになりました。この日、東京高裁第10民事部で東京1陣訴訟高裁判決が言い渡され、適切な警告表示や現場掲示を義務付けなかった国の規制権限不行使については、一人親方等の利益も国賠法1条1項の適用上保護されるべき、として、初めて一人親方等との関係でも国の責任が認められたのでした。
まさに流れを一変させる画期的な判断で、その後に続いた京都1陣大阪高裁、大阪1陣大阪高裁、九州1陣福岡高裁、神奈川2陣東京高裁の判決でも一人親方等に対する国の責任が認められました。そして、こうした流れが最高裁判決や後でお話しする法制定につながりました。
5 詳細は、最新の「季刊・労働者の権利」で、東京弁護団の佃事務局長や、弁護団の主張・立証に多大なご尽力をいただいた下山憲治先生が寄稿されておりますので、ぜひお読みいただければと思いますが、私からは、逆境の中なぜ裁判所を動かすことができたのか、という点について、個人的に思うところを少し述べてみたいと思います。
建築現場では、元請の指揮・命令のもと、労働者も、一人親方も、零細事業主も、みなほこりにまみれながら働き、その結果、同じようにアスベスト疾患にかかり、苦しみ、命を落としています。にもかかわらず、一人親方等であったという形式的な理由でアスベスト被害の救済が受けられないというのはあまりに不条理、不合理です。こうした事実と道理に基づき、不当な線引きは許さない、と法廷の内外で原告のみなさんが粘り強く訴え続けてきたこと、また、建設労働組合をはじめとする支援のみなさんがそれを支えてきたことが、困難な状況を突破できた大きな要因であると思います。敗訴判決ばかり続くと意気消沈してしまいそうになりますが、その度に私自身、原告のみなさんの訴えに奮い立たされてきたように思います。
また、働く者の命と健康を守る様々なたたかいが築いてきた力強い流れがあると思います。建設アスベスト訴訟の前史には、初めて国の規制権限不行使の違法を勝ち取った筑豊じん肺のたたかいなどがあります。また、建設アスベスト訴訟に先行して、工場型アスベスト被害に関する国の責任を問うた泉南アスベスト国賠訴訟において、工場労働者だけでなく、運送会社の従業員との関係でも国の規制権限不行使の違法を勝ち取ったことが、建設アスベストの一人親方等の問題にも大きなインパクトをもたらしました。こうした働く者の命と健康を守るたたかいに学び、受け継ぎながら、建設アスベストでも、一人親方等の救済という新たな課題の克服のため、原告団、弁護団、支援が連帯・団結して取り組んでこれたことが困難の打開につながったのではないかと思います。
そして、2017年6月に急逝された東京弁護団幹事長の山下登司夫先生の多大な貢献があったことについても言及させて下さい。山下先生は、一人親方等について厳しい判決が続く中、各判決を丹念に分析し、「安衛法57条に基づく警告表示が徹底されれば、結果的に、労働者のみならず一人親方等においても有害物質への曝露を回避することが可能になる点は、原告らの指摘するとおりである」という東京1陣地裁判決の判示をとらえ、ここを軸にした東京高裁でのたたかいを提起されました。この分析と方針提起がなければ、東京高裁での逆転勝訴もなかったかもしれません。決してあきらめない裁判勝利への執念が司法の重い扉をこじあけたのではないかと思いますし、そのお姿に私も多くのことを学ばせていただきました。
6 最高裁判決を受けて、今年6月9日に「特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律」が制定されました。この法律により、1万人を超える現在未提訴の建設アスベスト被災者に加え、国の推計で今後30年間で新たに発生するとされる約2万人もの被災者も救済対象となりました。
アスベスト疾患はいずれも重篤な疾病で、裁判によらない早期救済は建設アスベスト被害者のみなさんの本当に切実な願いです。13年という裁判は建設アスベスト被害者のみなさんにとってはあまりに長いものでしたが、そのたたかいが立法という形に結実したことで、志半ばでお亡くなりになった多くの原告のみなさんの想いに多少なりとも応えることができたのではないか、と感じるところです。
もっとも、最高裁判決が違法の始期や屋外工に対する責任という点においては不当な線引きを行い、立法でもかかる線引きが持ち込まれたため、隙間のない建設アスベスト被害者の救済制度には至っていません。
なにより、最高裁判決で国とともに責任を断罪された建材メーカーが、いまだに係属中の訴訟で責任を争い、賠償給付金のための基金への参加や拠出を拒んでおり、建設アスベスト被害に対する完全な補償にも至っていません。
最高裁判決後に残されたこれら課題を克服し、隙間のない完全な救済制度を実現するため、引き続き差戻審や後続訴訟に取り組んでいく所存ですので、会員の皆さまには、引き続きのご支援、ご協力をお願い申し上げて、私からのスピーチとさせていただきます。
本日は誠にありがとうございました。
以上
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