【建設アスベスト訴訟】大阪2陣(地裁)第25回期日 - 大阪アスベスト弁護団

【建設アスベスト訴訟】大阪2陣(地裁)第25回期日

2021.10.03

2021年10月1日(金)午後1時30分から、大阪2陣(地裁)の第25回期日が開かれ、遺族原告2名の本人尋問が行われました。

国は、基本合意に基づいた和解協議に積極的に応じており、今回も反対尋問を行いませんでした。一方、建材メーカーは、最高裁判決で確定した賠償金を支払うだけで、係属中の訴訟も争い続け、一部の建材メーカーは、執拗に反対尋問を行っています。危険性を知りながら、石綿建材を製造・販売し利益を上げ続けた建材メーカーは、最も責任の重い加害者であることを自覚し、早期に和解協議に応じるべきです。

◇OTさんは、戦争から復員した後、50年あまり大工として働いてきました。ほとんど大病を患ったことがなかったのに、78歳の時に呼吸困難を訴え、入通院を繰り返すようになります。「早く死にたい」「臨終までどれくらいか」と息苦しさに苦しみ続け、睡眠薬で自殺を試みたこともありました。OTは、通院開始から約1年が経った2003年、治療法もなく絶望の中で亡くなりました。生前は、ご本人も家族も、建設現場で吸い込んだアスベストが原因で病気になったなどとは、つゆほども思っていませんでしたが、家族が新聞記事を見たのをきっかけに、労基署に労災時効を申請。石綿肺で死亡したことが認められました。亡くなって初めて「息苦しさから解放されたのではないか」と思わずにはいられないほどの苦しみは、あんまりです。OTさんの息子OMさんは、原因も分からないままに闘病生活を続けた父OTさんや家族の悔しさ、危険性を知りつつ適切な対応を取らなかった国、企業への怒りを切々と訴えました。

◇DTさんは、1957年から約46年間、電工として働きました。66歳だった2003年5月、現場で締め付けられるような胸の痛みと息苦しさを感じ、気を失ってしまったのを機に、立て続けに呼吸困難に陥るようになりました。原因が分からないままいくつかの病院を受診し、同年11月、悪性胸膜中皮腫との診断を受けました。クボタショック(2005年)前で、中皮腫は医師にとっても極めて稀な病気でした。DTさんは、「これからの患者のための礎になるのであれば、自分の命を犠牲にしてでも治療をする」と話し、入退院を繰り返しながら抗がん剤治療に取り組みました。そして2006年1月1日、静かに亡くなりました。息子のDHさんは、最高裁判決で責任が明確になった建材メーカーがいまだに争い続けていることが不思議でならないと述べると共に、国や建材メーカーには、加害者として治療法の研究等にも取り組んでほしいと語りました。

◆関西建設アスベスト大阪2陣訴訟の裁判期日予定

2021(令和3)年

11月19日(金)13時30分~16時   第26回期日【大阪地裁202号法廷】

2022(令和4)年

1月14日(金)13時30分~16時    第27回期日【大阪地裁202号法廷】

2月25日(金)13時30分~16時    第28回期日【大阪地裁202号法廷】

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